ハディース分析

 

 無益なものを放棄することはイスラームの良さの一つである


ハディースの移住に関しての部分には先に少々触れたのでそれで十分とする事にして、預言者ムハンマドのそれ以外の輝かしいお言葉に移ろう。そのお方は言われる。


「無益なもの〔マーラヤーニ〕を放棄することは、ムスリムにとってイスラームの良さの一つである」
もちろん、これだけの訳では預言者ムハンマドの言葉の深さを理解し、この短い説明の全てを把握することは不可能である。


ハディースでは、ムスリムがイスラームのイフサン(常にアッラーと向き合っているという意識を持って行動すること)と健全さに到達することの重要性について言及されている。つまり、実際と外見において健全で不都合がなく、欠点もない段階に、内面においてはイフサンを象徴できる段階に達したムスリムは、無益なものを放棄するべきであり、そして放棄するものでもある。


無益なもの〔マーラヤニ〕とは何か?
「マーラーヤニ」とは、人にとって何の関係もなく、その人の現在においても過去においても全く何の役にも立たない不必要なことに従事するという意味である。やっていることが、彼自身にも、家族にも、民族にさえも、何の効果もない。イスラームの素晴らしさを獲得した人は、同時にこのマーラーヤニの状態から遠ざかっているということになる。このようにしてこのハディースは、人間に、何をするべきかをも教えているのである。人は常に、け高く、高い段階の問題と取り組むべきであり、取り組んでいる仕事は健全な形で行い、自分自身や家族や社会に効果をもたらす必要があるのである。まじめであることの定義もこのとおりである。


マーラーヤニ、不必要な事に従事して忙しい人は、本来自分にとって関わりがある物事に時間を割く余裕がなくなる。長時間、自分に関わりのないはずの事やその思考に時間を費やしているうちに、自分自身のために必要で大きな関わりを持っている事に時間を割り当てることができなくなり、それらを行なう事もなくなってしまう。
いまだ自分の進むべき方向を見つけられず、自分自身の調節もできない人は、正しい行いをすることができない。心や頭の中が無駄なことで満たされた状態の人が、どうやって高尚な事項に取り組むことができるだろうか。

 

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