イスラーム Q&A

 

 イスラームは、進化論についてどう考えているのでしょうか?

 

進化論について皆さんも時々考えられることはあるかも知れません。私は大学で興味を持っていたので進化の授業を受けました。担当の先生が進化についての研究をなさっていたのですが、説明が付かない時に口癖のように“まさか生命を神が創ったのかな”と呟いていたのが印象的でした。


そもそも、進化論は真実ではなく仮説です。“進化”という言葉に注目して下さい。“進化”とは広辞苑によると“進歩し発展すること。”です。つまり、進化とは発展です。進化論によれば、知能を持つ人間が生命の頂点に立つとされています。逆に、微生物や細菌は単細胞だから最も遅れている生命とされています。ウイルスは宿主の外では何も出来ないことから生き物ではなく微粒子とされています。


もちろん、進化論の内容は全くのでたらめではありません。いくつか事実も含まれています。


事実、人間は知能を持っています。しかし、その知能を使って自分たちの子孫から借りているこの地球を自分の欲望のために壊そうとしています。乗っている船を沈没させようとしています。人間は知能を持っているがその知能の使い方から生命の頂点ではないことが明らかです。


事実、進化論でよく出てくる自然淘汰(natural selection、自然選抜ともいう)が本当に存在します。生活環境やその時の気候に適している生命だけが生き残れるということです。これは全ての生物は同じです。


事実、一部のRNAウイルスを除けば全ての生き物は遺伝情報としてDNAを持っています。植物も動物も大腸菌も。しかし、これは互いから進化したという意味ではありません。私はこの事実を同じ“手”によって創られた証拠として考えています。


しかし、進化論が生き物の間に位置付けをするということはどうしても納得いきません。一ヶ月くらい前にかつて植物の研究をしていた友人の話しを聞いて非常に驚きました。ポプラの木が昔から並木として植えられています。昔の人々は一本だけだと枯れてしまうから並木にして植えていたのでしょう。最近になって植物の研究が進み、ポプラの並木の謎が解けられたそうです。

 

なんと、何本も立っている木の内、どれかがウイルスなどに感染して病気を起こすと他の木がそれを認識してその病気の木を治す物質を分泌して、結果的に病気の木が治るそうです。だからポプラの木は一本だけだと枯れてしまうのです。私はこの話しを聞いて本当に感動しました。動くことさえ出来ない木が社会的な特長を持っていたからです。この特長は、進化論では発展しているとされる哺乳類や他の動物にはありません。人間社会だと薬などで病気になった人を治療するか、他の人に感染させないよう隔離することしかできません。


生き物は皆生きているだけで完璧です。より進化した、より遅れたなどということはありません。皆素晴らしいと思います。


残念ながらイスラームでは進化論を否定しても、代わりのものを言いません。創造論という人もいます。アッラーはこの世の殆どを因果関係に基いて創られています。もちろんアッラーは雲がなくても雨を降らすことが出来ますが、我々の試験会場であるこの地球では雲がないと雨は降りません。我々は目に見えないアッラーを信じています。私は目に見えないからこそ信じることに意味があると思いますが、いかがでしょうか。
 

 

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