聖クルアーンと科学

 

 病気に学ぶ

 

我々の身体は非常に優れた免疫力を持っています。小さなウィルスや病原菌が身体に侵入すると身体によって非自己と見なされ除去されます。また、臓器移植がなかなか出来ないのもこの免疫のバリアがあるからです。本来、子宮内の胎児は自分の子供とは言え母体にとって非自己と認識されるべきです。受精卵が体内で出来た当初から拒絶反応が起きるはずです。しかし、胎児は何一つ母体に攻撃されることなく9ヶ月以上成長し続けます。


なぜこのようなことが可能なのでしょうか。


子宮内の胎児は母体の血液から栄養分だけを摂取する膜で囲まれています。その膜は栄養分だけを通して、母体の免疫細胞や抗体から胎児を守ります。もし守られなければ非自己である胎児が母体の抗体に攻撃されてしまいます。そのようなことが起きないということは子宮がどれだけ素晴らしく創られたかを示します。


突然変異、または自然選択(淘汰)のような進化論的な自然現象のいずれによってもこのような完ぺきな創造はできません。創造の奇跡は自明です。クルアーンでは、アッラーが胎児を安全な倉庫に置いたと述べられます:


「われはあなたがたを卑しい水から創ったではないか。われはそれを,安泰な休み所(子宮)に置いた,定められた時期まで。われはそう定めた。わが決定の何と善いことよ。」送られるもの (アル・ムルサラート)章20−23節


もちろん、なんらかの原因でこれらの膜細胞が機能を満たすことに失敗する時があります。もしアッラーが願っていたなら、そのような障害も存在しなかったでしょう。障害によって人々がこの世の生活が実際にどれぐらい一時的で、そして不完全であるか理解させられます。いろいろな病気の存在がなかったら、我々は万物を創ったアッラーに対してどれぐらい無力であるか忘れる可能性が高いでしょう。


技術がどれだけ発展しても、医療が進歩し健康な人生を送っても、いずれ死ぬということと、病気で恵まれなくても神様に感謝しながら生き続けている人達のことも決しては忘れてはなりません。


我々の本当の居場所はこの世ではなくて来世です。来世における生活に時間制限はありません。天国での果てしない祝福はクルアーンの次の節で述べられます。


「そこの微な音も聞こえないであろう。そしてかれらの魂が念願していた所に永遠に住む。」預言者 (アル・アンビヤーゥ)章102節


ほとんどの人が自分の健康を大切にせず、自然の素晴らしさを考えないのは情けないことです。信仰を持つ人の多くは健康を失って初めて祈り、アッラーを思い出します。しかし、健康が回復するとまた忘れてしまいます。クルアーンでアッラーが人間のこの性格について次のように述べられます。


「災厄が人びとを悩ます時かれらは悔悟して主に祈る。だがかれが,慈悲をかれらに味わせると,たちまち一部の者は主に(外の神々を)配し,」ビザンチン (アッ・ローム)章33節


様々な病気もアッラーによって創られました。どんなに健康な人でも明日には何かの病気で倒れない保証はありません。倒れてからではなく、健康な内にアッラーを思えるような人間になりたいものです。

 

 

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