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近年、科学界に新しい理論が生じている。この理論は、細胞のメカニズムに関わる全ての分野に投げかけられたものだ。こういった、科学の理論の変化が常に起こるという事実は、私たちがこの世界のことをどれほど知っているのだろうか、ということを自問させるものとなる。
最も古い科学分野の一つである医学においては、理論の変化が特に多く起こってきた。アリストテレスは、彼の師であるプラトーが「脳は知覚を司るもの」と考えたのに対し、「脳は血液を冷やすために使われる」と考えだした。今日、科学者はプラトーの「古いほうの」理論を受け入れている。1800年代、脳科学の舞台は骨相学へと移り、人間の性格が頭蓋骨の隆起や凹みに反映されているとされた。
今日これは、無意味なものだとして退けられている。しかし留意すべきことは、その当時においては真剣に考察された「科学」だったということだ。ポール・ブロカによってこの「科学」が論破されたのは1861年になってからで、彼は言語を司る脳の領域「ブロカ野」で知られる。しかし骨相学は、その支持者、実践者を20世紀初頭まで失わずにいた。現在の、思考や感情に関する理論、心理学、精神医学のうち多くの部分は、骨相学で行なわれていた観察よりわずかに信頼できるものにすぎない。使われているツール(CTスキャン、MRIなど)が高価になったものの、基本的なアプローチは骨相学と同等のものともいえる。
近年、生物医学の分野で、ある革命が生じた。「遊離基(フリーラジカル)」である。これらのうち最もよく知られるのが一酸化窒素(NO)である。
一酸化窒素は、有害な化学物質で、車からも排出される。これは長らく、人類にとって最も有害なガスであると見なされてきた。しかし、1980年代、科学者たちは、多くの細胞もまた、一酸化窒素を作り出すことを発見した。多くの論文が、このテーマに関する研究において発表された。これは現在、エイズやアルツハイマー、関節炎などよりもよりポピュラーな研究トピックとなっているのだ。一酸化窒素は、血管拡張作用を有するものであり、また細胞間のシグナルを伝達するという革命的な科学的解明が行なわれたのである。
肉体によって微小な量でリリースされると、それは細胞から細胞まで生化学的シグナルを伝達することができる。血液循環において、一酸化窒素は、血管内皮にはたらきかけ、周囲の筋肉を弛緩させ、血流量を調整する。神経系においては、一酸化窒素は記憶形成にも関与していると見られる。免疫システムでは、それは病原菌などの異物や腫瘍細胞を死滅させる。医学者は多くのコンディションにおける一酸化窒素の重要性を把握している。高血圧だけではなく、卒中、敗血症、動脈硬化、さらには勃起障害においてまで、その重要性は高い。
伝統的な細胞学の観点からみた一酸化窒素のあり方が、議論を醸している。まず第一に、一酸化窒素は、化学者たちが「遊離基」と呼ぶ存在である。
これは、一個もしくはそれ以上の不対電子を持つことを意味する。そしてそれ以上に、これは反応性が高く、他の組織と異なり、非常に不安定である。酸素に触れると直ちに酸化され、二酸化窒素となる。体の他の神経伝達物質の大部分は、アミノ酸やカテコールアミン、ペプチドなどの分子と比較すれば、もっと複雑である。神経伝達物質はシナプス前細胞の細胞体で合成され、細胞輸送によって運ばれ、前シナプス終末にあるシナプス小胞に貯蔵される。前シナプス終末に活動電位が到達すると神経伝達物質はシナプス間隙に放出される。拡散によって広がり、後シナプス細胞の細胞膜上にある受容体と結びついて活性化される。伝統的な例が、カテコールアミンの一つアドレナリンと受容体である。これはよく、鍵と鍵穴の関係に例えられる。
一酸化窒素のメカニズムはこれとは完全に異なる。一酸化窒素は細胞内の可溶型グアニル酸シクラーゼを活性化して環状グアノシン一リン酸(cGMP)を合成させる。CGMPが、筋肉の緊張緩和から血液凝固の減速に至るまでの作用を起こすのである。
一酸化窒素の重要性は、最初、血圧の調整において発見された。周囲の筋肉を弛緩させ、血管を拡張させることが発見されたのだ。血管は、筋肉と、弾性のある繊維質の組織の層で形成され、血管内皮を持つ。血管内皮は一酸化窒素を作り出し、これが周囲の筋肉層に働きかける。このプロセスは、血流の物理的効果によって調節されている。血液が血管内皮細胞上でラッシュ状態になった時、それはわずかなゆがみをもたらす。このゆがみが、一酸化窒素の形成をもたらすのだ。あたかも、血圧が、血管によって、その場で、かつ効果的に調整されているかのように見える。
以前の理論では、血圧は神経システムの中枢からの伝達によって調整されている、とされていた。中枢からの調整と、その場に置ける調整のバランスは、まだよく解明されていない。長年、医者たちは、血圧の調整のため、伝達系に効果を及ぼす薬を用いてきた。例えば、βレセプタをブロックする薬などである。しかし、様々な一酸化窒素に関する実験の結果は、神経系が血圧の調整にあたえる影響が比較的小さいことを示すものとなった。英国の薬理学者で、ウイリアム・ハーベイ研究所のサー・ジョン・ベインは、「血管その場における血管収縮神経と、中枢からの血管収縮神経。この二つの大きな力の間には、継続的なバランスが存在するに違いない。」と述べている。
遊離基は現在、生物学的研究の全体に影響を及ぼしている。しかし、ほんの数年前までは、それらが人体の調和において何らかの役割をもつということなど、思いもよらなかったのだ。遊離基は、いわゆる「しっかり確立された」人間の理論の誤りを指摘するものとなった。理論は常に変化し、時には根本的に覆される。この事実は、「あの理論はいったい何だったのだろう。あれを基にして行われてきた様々な事柄は何だったんだろう。」という問いを投げかける。
科学的研究を熱心に行なうことは、私たちにある事実を納得させる。人類は、この世界について非常に限られた知識しか持っておらず、私たちが行なってきた作業の大部分は、既存の現象に名前をつけただけに過ぎないのだ、ということである。
 
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