偉大なる鎖帷子(ジャウシャヌル ・カビール)

 

 アッラーの性質

 

Jawshan-al Kabir まえがき

 

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Jawshan-al Kabir
「言ってやるがいい。『あなた方が私の主に祈らないなら、かれはあなた方を構ってくださらないであろう』」(識別章 第25章77節)という聖クルアーンの言葉に秘められた意味のように、心からの祈りは人が創造された理由です。祈りは、神にしもべとして従うことにおける偉大な神秘です。おそらくは、しもべであることの真髄そのものでしょう。祈りは偽りのない信仰をもたらすものです。なぜなら、祈る人はこの巨大な世界で一人ぼっちではなく、彼の声を聞きとどけ、苦しみに解決をもたらし、憐れんでくれる偉大なお方の存在を心から信じ、彼の信仰を告白し、そのお方の御前にいる自らを想い、心のやすらぎを感じるからです。

アッラーの美名と共にかれに祈ることをアッラーはお喜びになられると聖クルアーンに記されています。預言者ムハンマド(彼に平安あれ)も「(偉大なる御名)と共に、なされる祈りは受け入れられる」とおっしゃられています。
 

「偉大なる鎖帷子」(いだいくさりかたびら、ジャウシャヌルカビール)には、祈願(きがん)、唱念、救いを望むことが記されています。それは、真の主アッラーの多くの御名を知らしめ、それらの御名と共にアッラーへ祈願し、近づく方法を示す大変貴重な意味深い書です。鎖帷子は戦いの時、身を攻撃から守るために着ます。人間の霊魂に授けられた善美を守るためには、偉大なる鎖帷子(ジャウシャヌルカビール)のような精神的鎧が必要です。本来、偉大なる鎖帷子が精神的世界のみではなく、物理的世界においても守りとなると伝えられています。

「祈願」とは本来「望むこと」です。真の主アッラーが私達にご自身のみに望むようにと聖クルアーンにも記されています。人間は無力な存在です。生きるために必要なものを自ら用意することはできません。しかし同時に、この無力さは無力であることを認識した人間にとってすばらしい資産でもあります。もともとアッラーが私達に「望む」と言う感覚をお与えになるつもりがなかったなら、私達は望む事さえできなかったのですから・・・

 

 

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