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物理的な理由が物事を創造する
「世の中の原因のまとまり」で物の構成と生き物の創造である。
たくさんの不可能の中から三つを述べる。
•不可能1.1
ある薬局に、中に色々な物質が入っている数多くの瓶がある。その瓶に入っている物質を使用して一つの生命体を作るとする。すると、その薬局で作ろうとした生物の多種多数を見た。調べてみたら各瓶から特別な計算にしたがって取られた物質によってそれらの生命体が作られたのが分かった。もし、少しだけでも少なかったり多かったりすると生命体ができない。
さて、薬瓶は様々だが、それぞれの薬瓶から抽出された成分の分量は、各々違う。抽出された成分と同量の一定量の成分が、偶発的あるいは強風によってビンが倒され、流れ出し、結合し、ある生命体を形成するなどということはありえるだろうか?
またこの考えよりもっとわるい迷信、不可能なことがあるのだろうか。ロバが最低のロバになってその後人間になり話せるようになれば「この考えを絶対に認めない」と言うに違いない!
つまり、今の例のように全ての生物は生命体にあたる。それに全ての植物は活気を与えられた薬のようなものであるが、たくさんの薬物や色々な物質の中から非常に細かい計算にしたがって取られたものからできたのである。もし原因と要素を取り去って「原因が創造した」と言ったら薬屋の素晴らしい薬が瓶の倒壊によって作られたことと同じように理にかなわないし不可能で迷信である。
結局、この世界と言う薬屋で始まりの無い唯一の神様アッラーによって作られ、計算にしたがって取られた活気を与える物質は、無限の知恵、限りの無い知識と全ての存在を囲む意欲によって現れることができるのである。「目の見えない、耳の聞こえない、洪水のように流れているたくさんの要素や、自然の元素や原因が創造したのである」と話している愚か者は「その不思議な薬は、自分で瓶の倒壊によって現れた」と話す気違いのようなものである。
さてその間違った考えは愚かな酔っ払いが言うようなたわ言である。
•不可能1.2
もし全ての物事を唯一で全知全能のアッラーではなくて原因が創造したと言ったら、この世界に数多く存在する要素と理由が各生物の創作に介入しているはずである。しかし蝿のような小さい生物の体にデリケートなバランスと完璧な一致で、色々で対立している原因がまとまることは明らかに不可能であるが蝿の翼の大きさぐらいの頭脳のある人は「これは不可能だ!ありえない!」と言うはずである。
さて蝿の小さな体は宇宙のたくさんの要素と原因に関係している、ある意味で蝿の体はこの宇宙の要約(本質)である。もし全知全能のアッラーが創造しなかったとしたら、その物質の元(源)が蝿の体の極近くにあらかじめ用意されるか、または小さな蝿の体自身の中に存在しなければならない。
さらに体のごく小さなモデルである目の一個の細胞の中にも存在する必要性が帯びる。なぜなら、根源が物質として存在するならば、根源は、結果として形成される物質の極近くか、その中に存在するべきだからである。つまり針よりも小さい、蝿の足でさえ入ることのできないその細胞の中で自然の要素などは存在し、労働者のように動いているのを認める必要が出てくる。こうして最も馬鹿なソフィストでさえこのような考え方は変だと言う。
•不可能1.3
という決まり言葉通り「もしもある存在が唯一性を持つのであればもちろんその存在は唯一性を持つほかの存在によって創造されたはずである。」それにその存在は非常に素晴らしく秩序ある生命をもっているのであればその存在を創造したのは混乱の原因となる多数のものでなく、唯一で全知全能のものであると確実に分かる。これは明らかであるにもかかわらず。
意識や気力が無く、知もなく、混沌とした中で、目も見えず耳も聞こえない自然的原因が、(その原因は可能性の満ち溢れた道では集合して交じり合い、盲目さや耳の聞こえない不自由さをより増していくのだが)その原因の混乱した手によって,秩序均衡の取れたすばらしい生物(存在)を創造したと言うのは百の不可能を受けいれるほど不合理である。
まあ、この不可能を無視しても唯物論的な理由の影響は接触と直接なコンタクトで生じる。しかし誰でも分かるようにその唯物論的な理由が生命のある存在の外観と接触するのである。だがその唯物論的な理由の手が届くはずの無いその生命体の目に見えない部分は外観より10倍もきちんとしていてこまやかで、美しくて芸術的な面でも完璧である。
唯物論の材料の原因の手といろいろな器官がけっして近くに位置できず、外面にもタッチできず、しかも最も大きい生物よりいっそう奇妙で、芸術と創造に関してはすばらしいのに、小さくて生命がある生物が属性に生命がなくて、無知の、天然のままの、遠くて、巨大で、矛盾して、耳が聞こえなくて、盲目の唯物論の原因で成り立つということは、何百の盲人と何千も聾になるということである。
 
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