イスラーム勉強シリーズ

 

 ご病気の方々へのメッセージ

 

第14番めの薬


目が見えなくなってしまった患い人よ。信仰する者の目をふさいだ覆いの下に、どのような光、そして心の目が存在するのかをあなたが知れば、あなたは「慈悲深い神に無限の感謝を」ということであろう。この話を説明するために、次の出来事を語ってあげよう。


私に8年間の間完全な誠実さをもって奉仕してくれたある人物の、おばに当たる人の目が、見えなくなった。この女性は私のことを実際の何倍も優れた人だと買いかぶっておられたようであった。私にモスクの入り口のところで声をかけて「私の目が見えるようになるようにドゥアーしてください」と言われた。私も、この素晴らしい女性のために、彼女の信心深さゆえにその目が回復するようにと祈ったのであった。二日後、別の地方から眼科医がやってきた。そして彼女の目は見えるようになったのである。


しかし40日後、彼女の目はこの世界に対して永遠に閉じられた。彼女は亡くなられたのである。私はおおいにショックを受けた。インシャラー、私のあのドゥアーは、あの世のために認められたと願いたい。そうでなければ、私のドゥアーは非常に誤った、呪いのようなものであったのだ。彼女の寿命は40日しか残っていなかったのである。40日後、彼女は亡くなられたのであった。


亡くなった彼女が、40日間その地方のもの悲しい風景をその年老いた目で見るのと相当するものとして、墓場で、天国の庭園を4万日見られるだけのものを獲得したのであった。彼女の信仰心は強く、信仰への結びつきも強固なものであったからである。


そう、信仰する者の目がふさがれ、目が閉じられたまま墓に入れば、その状態に応じて、墓場の他の人々も尚、光の世界を見ることができるのだ。この世で我々がいかに多くのものを見ていようと、目が見えない信者はそれらを見ることができない。墓場では、その目が見えない信者たちは、信心のうちにそこに行ったのであれば、墓場の他の人々よりもよく見ることができる。望遠鏡で見ているような形で、墓場において、その段階に応じて、天国の庭園を映画のように見ることができるのである。


このような、光に満ち、地面の下にいながらも天国を見ることができる目は、目をふさいだ覆いの内側に、感謝と忍耐によって見出すことができるのだ。この覆いを取り払い、その目によってあなたに物を見させる眼科医が、全ての章句に神の英知を含む、聖クルアーンなのである。

 

 

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